2016年03月18日

シュプレヒコールに耳を塞いで 〜三田誠広『いちご同盟』〜

※これは本書を貸してくれた子への手紙として書かれたものである。

山川健一『僕らは嵐の中で生まれた 第1部 初めての別れ』のミニ感想を、私はこう書き出している。

「『青春小説』というのだろうか。(略)村上龍『69 sixty-nine』や村上春樹『ノルウェイの森』、三田誠広『やがて笛が鳴り、僕らの青春は終わる』『高校時代』、そして本書。
これらの本はどうしてこうも読みやすいのだろうか。
抵抗なくスッと胸に入ってくる。
遅読をもって鳴る私が、この本は足掛け2日で一気に読んだ。
いや『読まされてしまった』といった方が近い。」

とにかく読みやすい。
現在では誰もが経験する学校生活、中でも色々と思い惑う、いわゆる思春期の中・高校生活をベースにしているからだろう。
読書に慣れていくには絶好の書物だ。

当初、教科書だけを読むと、どうも私の知っている三田誠広の文体よりもぎこちない気がした。
きっとこれはデビューしたての頃の作品だと思った。
だが刊行は1990年とあり、ごく新しい。
そこでこう考えた。
いつもの彼の文体の“濃さ”“アク”がないのは、意識して教科書掲載を狙ったのではなかろうかと。
教科書に載る文章というのは、最近は若干“規制”が緩くなってきたけれども、基本的に中性的な文体でなければならない。

しかし本書に没入しているうちに、そうした“教科書的折り目正しさ”はいつしか消え、いつもの彼らしさ、彼の世界に浸ってしまった。

前述したように、私が特に「青春小説」にハマるのは、まず第一に「学生生活」という普遍的体験をベースにしていることによる読みやすさがあるからだが、それともう1つある。
それは、現代作家の「青春小説」には“学生運動”がモチーフとしてあるからである。

“学生運動”__それは現在の学生からは想起できない。
だから想像もつかないだろうが、かつて日本の学生たちは、日本を変えようと起ち上がったのだ。
マスコミで取り上げられるのは、その最終的破綻である連合赤軍あさま山荘事件・同リンチ事件や内ゲバといったものばかりである。
だが1つだけ確実に言えるのは、当時の「暴力学生」の方がはるかに真剣であり、真摯に勉強していたということである。
運動の渦中で人知れず挫折、自殺していった者は数知れない。
良一の父もかつて学生運動をし、良一の読んでいた本も運動家のものであった。
「内ゲバ」「セクト」「デモ」「新左翼」という言葉の意味を、あなたは理解できただろうか。

「自殺というものが、一種の病気だとすれば、この病気は伝染する。」
この一節を目にした時、電気の走るような衝撃を覚えた。
まさに私が心で温めていたことだからである。

私の考えていた“学生運動・死者の系譜”というのは、まず60年安保闘争の中で、国会前で機動隊に殺された東大生・樺美智子(自殺志願で国会前に行ったという説もある)。
死後、彼女の遺稿集『人知れず微笑まん』が出版され、それに横浜市立大生・奥浩平が共鳴し、学生運動に身を投じ、自殺し、そして出したのが『青春の墓標』。
それに共鳴し、学生運動に身を投じ、同じく自殺したのが立命館大生・高野悦子。
彼女の著作が『二十歳の原点』。
この本こそ、座右の書どころか棺桶に必ず入れてもらいたい、我が人生の書物である。

この系譜からいけば、私も学生運動に身を投じなければならないところだったが、私が大学に入った頃にはそんなものは消え失せていた。

P.S. 『やがて笛が鳴り、僕らの青春は終わる』はいつ返してくれてもよろしい。
昨年使った高野悦子に関するレジュメを進呈する。
                (1998.11.7 27歳)

ラベル:三田誠広
posted by nobody at 01:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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