2016年07月18日

循環矛盾 〜ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』〜

書くことは己を正確にする、という。
こうして書評を書いていると、そもそも私はどういう小説を高く評価するのかが浮き彫りにされてくる。
私が最も小説に求めるものは、構成力、筋立てである。

本書を読み進めるにあたって木下和郎氏のブログ「亀山郁夫訳がいかにひどいか」を参照した。
氏は「小説には“何を”でなく“どのように”を求める」と言っていたが、それに似たものだろうと思う。
この観点から、私は特に“冗長主義”を嫌うし、それから“婉曲主義”、“逆説主義”、“文芸批評主義”も嫌う。

特に純文学というのは、筋立ては二の次のようだ。
苦悩してりゃ素晴らしいらしい。
面白く読めないので、“大衆文学”が派生せねばならなかった。

本書は超大作である。
全3巻、1492ページある。
当然、ドストエフスキーも冗長主義を免れなかった。
同じことを繰り返す。
逆のことすら同時に書く(逆説主義にもつながる)。
容貌等の説明はくどい。

「カーチャがアリョーシャにこんな告白をしたことは、いまだかつて一度もなかったので、彼は、今の彼女がまさしく、このうえなく傲慢な心でさえ苦痛とともに自己の傲慢さを粉砕し、悲しみに打ち負かされて倒れるほどの、堪えきれぬ苦悩にとらえられていることを感じた」(下p.463)
こんな文を読んでいかないといけない。

本書は、ドストエフスキーの所期構想では2部作となるはずの第1部で、「重要な小説は二番目のほう」(上p.10)で、「第一の小説」すなわち本書は「ほとんど小説でさえなく、わが主人公の青春前期の一時期にすぎない」(同)。

ドストエフスキーは本書を書き上げて2ヶ月後に59歳で永眠する。
読む前はなんと残念な、と思っていたものだが、読了した今となっては、小林秀雄の
「およそ続編というようなものがまったく考えられぬほど完璧な作品」
との評言に同意する。
小林秀雄の言ってることでこれだけは正しい。
もう充分だ。
ドストエフスキーは書きたいことを書き尽くして、逝った。

本書はそのように、すなわちドストエフスキーの世界観の集大成として読むべきである。
彼はカトリックを初めとするキリスト教を掘り下げるために小さな図書館ほどの量の文献にあたったという。
確かに彼以外このような作品は書けない。
このような作品が存在するのは奇跡である。
「人類文学の最高傑作」との称号はダテではない。
書評はその観点からなされねばならぬだろうが、やはり構成力、筋立てを最重要視する私としては、“前座”としてそれに触れておかないわけにはいかない。

「実は○○だった」という事実を意図的に伏せて、あるいは曖昧にして物語を進めていくのは、小説の技法の1つなのだろう。
例えばラキーチンがグルーシェニカの従兄だという事実は、最後の最後になって明かされたりする。
伏せることに何か意味があればまだしも、この事例のように大した意味もないのに伏せられていると、何なのかと思ってしまう。

ドミートリイは父フョードルに、自分に渡されるべき母親の遺産3000ルーブルを横取りされたと思い込んでいる。
で、果たしてそれは客観的事実なのかどうか、検事は論告でそう言いながらも、裁判でも明らかにはされぬのである。

さらにその3000ルーブルが、フョードル殺しの際奪われた3000ルーブルと同じことにされるのである。
札に印でもしてあるのか。

さらに章題が「金はなかった。盗みもなかった」「それに殺人もなかった」となっている。
だがこれはあくまでも弁護人の弁論であって、これも客観的事実は明かされず、「あとは読者の皆様がご判断下さい」というわけである。

容疑を着せられたドミートリイの主張する無実の根拠の大きなものが、モークロエ村での2度に渡る宴会の費用が、3000ルーブル✕2ではなく1500ルーブル✕2で、1500ルーブルはカテリーナ・イワーノヴナから借りた分の半分をお守り袋に縫い込んでもっていたのだとするもの。
しかしこれも客観的事実は裁判で明らかにならないまま。
検事は1500ルーブルはトリフォンの宿屋のどこかの隙間に隠されたとしたが、それも発見されぬまま。

分かりにくいが犯行時庭に通じるドアが開いていたか閉まっていたかも大きなポイントだったらしいのだが(召使グリゴーリイは開いていたと言いドミートリイは閉まっていたという)、客観的にはどうだったか判らない。
グリゴーリイのただの気のせいだったということにされている。

実際にフョードルが殺された凶器については、これほど分量があるのに一顧だにされない。
ドミートリイが持っていったのは銅の杵である(なぜ彼がそれを摑んでいったのかも、苦しい)。
遺体に残された凶器の跡からドミートリイの容疑はすぐ晴れそうなものだが。
たまたまその銅の杵と同じような跡だったのか。

裁判ではフョードルのシーツと枕は全くきれいなままで血はついていなかったことが明らかになった。
それでもドミートリイを無罪にしない根拠は何か。
いやそもそも実は3000ルーブルの入った封筒は枕の下にはなかったのである。
スメルジャコフが嘘の場所を伝えていたのだ。
スメルジャコフを容疑から外す根拠も、弱い。
もちろん情況証拠からみてドミートリイがあまりにも怪しいという“見込み捜査”だったのは分かる。
それにしてもスメルジャコフを容疑から外す決定打はない。

スメルジャコフは
『だれにも罪を着せぬため、自己の意志によってすすんで生命を絶つ』
との遺書を残して自死する。
自白は明らかなのに、これでも検事は、
「この遺書に、殺したのは自分であり、カラマーゾフではないと、書き加えるくらい何ほどのことがあるでしょう。ところが彼はそれを書き加えなかった。つまり、一方に対しては責任を感ずるほどの良心がありながら、もう一方に対してはそれがないのでありましょうか?」(下p.383)
という、例のドストエフスキーらしいわけのわからぬ描写でスメルジャコフの仕業と看做さないのである。

スメルジャコフの自死に関しては徹底的に言及されない。
その心理追究は必要であったろう。

事実ははっきりしている。
フョードルを殺したのはスメルジャコフで、イワンがそれを唆した形になり、したがってモークロエ村での2度に渡る宴会はやはり1500ルーブル✕2だったのだ。
明記してなくても察しろ、ということか。

それこそ私が指弾する“婉曲主義”であり、私はそれを認めない。
作家はそれを明らかにする義務がある。
ましてや無理に記述を冗長させて分量は1500ページもあったのだ。

こっちはいずれ明らかにされるだろうと期待して、初めにボヤかして書くという小説上の手法を許している。
それが曖昧なまま終わるのである。
ドストエフスキー独特の筆運びとはいえ、許容範囲を逸してはいないか。
「アリョーシャが死ぬと冒頭に書いてある」とか「結局誰が犯人だったのかよく分からない」とか受取る人すら出てくるのはこの弊害の表れである。

とにかく曖昧に、婉曲に。
いうならドミートリイもその被害者である。
ドミートリイが嫌疑をかけられるシーン。
予審調査官ネリュードフは
「あなたとお話せねばならぬ緊急の事態が生じましたもので」(中p.342)
と曖昧に声をかけ、初めから
「フョードル殺害の容疑者として逮捕します」
とは言わない。
それに対してドミートリイも、
「老人とあの血ですね! わかってます!」(同)
と婉曲に答え、
「グリゴーリイのことですね」
とは言わないから容疑を増すことになる。

イワンとスメルジャコフとの3度の「対面」は、時系列も判りにくい。
亀山郁夫はそれで誤読を犯したのだと木下和郎は責め立てるが、確かに判りにくいのだ。
3度目の「対面」でやっとスメルジャコフは真相を明かすが、ではそれまでの2度の「対面」を、イワンは何のために行なったのか、スメルジャコフはイワンに何を求められていると解釈して応じたのか、例の雲を摑むようなドストエフスキー流で、なにしろ亀山が真相が明らかになるのは2度目だ、いや3度目だったとぶれ、木下に突っ込まれるほどなのだ。

カテリーナ・イワーノヴナの本心も、婉曲主義や反語のためすっきりしない。
イワンと話し合い、
「あたくし……あたくしは、彼(ドミートリイ)の幸福のための手段にだけなるのです、彼の幸福のための道具に、機械になりますわ、それもこれから先ずっと一生を通じて」(上p.358)
という結論を出すが、アリョーシャは
「この人(カテリーナ・イワーノヴナ)はもうドミートリイを愛していない」(上356)、イワンを愛していることを見抜く。
本書では、アリョーシャの見解が常に真実なのである。
「ここではだれも真実を言おうとしない」(上p.363)
のである。

イワンの方はどうか。
「カテリーナ・イワーノヴナは一度だって僕を愛したことなんぞないんだ! 僕が自分の愛情をただの一言も決して口にしなかったとはいえ、この人を愛していることは、最初からずっと知っていたのさ。知ってはいたが、僕を愛してはくれなかった」(上p.364)
と言いながら、下巻p.178では、
「『カテリーナ・イワーノヴナは兄さんを愛しているんですよ』悲痛な思いをこめてアリョーシャは言った。
『かもしらんな。ただ、俺は彼女に関心がないのさ』」
となる。
彼女に気をもたせるようにしているのは、裁判で彼女の握っているドミートリイを破滅させることのできる「殺人計画書」の手紙を暴露させないためだという。
(結局別のところでイワンがカテリーナ・イワーノヴナを愛しているということが客観的に明らかにされる。)

それでもカテリーナ・イワーノヴナは、ドミートリイは無実だと思っていた。
裁判でも彼女はドミートリイを庇うために5000ルーブルと引き換えに操を捨てた(その経緯ももちろん徹底的にぼかして描写されている)ことすら告白する。

(ちなみにその話をドミートリイから聞いたアリョーシャは、上p.217で、今でもカテリーナ・イワーノヴナと婚約しているのかと確認する。
そんなことすらはっきりしていないのである。
読者にしてみても当然の質問である。
で、4ページ後のp.221でも、アリョーシャはまた同じ質問を繰り返さねばならない。
それでもなお、ドミートリイは“今でも”婚約者であるとははっきりと明言しない)

(さらにちなみに、その後、ドミートリイはアリョーシャに、カテリーナ・イワーノヴナへの伝言を依頼する。
内容は、「俺は今後もう絶対に彼女(グルーシェニカ)のところへは行かないから、よろしく」(上p.222)である。
依頼しながらドミートリイはその気はないと言う。
それではこの伝言の意義は何なのか、ドミートリイは結局どちらをとりたいというのか、まるで像を結んでこない)

ところがイワンが突然目の前で自白してしまったので、カテリーナ・イワーノヴナは愛する彼を守るため、ドミートリイを犯人にしてしまうため、例の殺人計画書の手紙を暴露してしまう。
カテリーナ・イワーノヴナがドミートリイを裏切ったのは、たったこの一瞬の、裁判の場だけだった。
これが決定打とされ、ドミートリイには懲役20年の有罪判決が下されるのである。

検事は
「もしこのときに女中が、彼の恋人は《まぎれもない以前の男》とモークロエにいることを、すかさず告げてさえいたら、何事も起らなかったはずであります」(下p.371)
と言うが、女中フェーニャはそう言えばドミートリイがグルーシェニカを殺しに行くに違いないと思ったから、教えなかったのだ。

また検事は
「スメルジャコフが殺して金を取ったのに、息子が罪をかぶる――この方がもちろん犯人のスメルジャコフにとっては有利なはずではないでしょうか? ところがスメルジャコフは、殺人を企てたあと、まさにその息子ドミートリイに、金や、封筒や、合図のことを前もって教えているのです――なんと論理的で、明快な話でしょうか!」(下p.379)
と言うが、これこそまさにスメルジャコフ犯人説を認めているではないか?

……などと粗を探すのはもうやめよう。
「黒であると同時に白である」
「黒と言っているが真意は白である」
が成り立つ世界に
「黒でなく白が正しいんだ!」
とか言ってもしようがあるまい。

どうしても「大審問官」が論議の核心となる。

グァルディーニの
「『大審問官』はたしかにローマに対するたたかいである」
との受取は正しい。

大審問官も仔細に見れば屁理屈甚だしいことを言っている。
「去りぎわにお前(キリスト)はわれわれに仕事を委ねていった。お前は約束し、自分の言葉で確言し、人々を結びつけたり離したりする権利をわれわれに与えた。だから、もちろん、今となってその権利をわれわれから取りあげるなぞ、考えることもできないのだぞ」(上p.484)
いや、キリストこそ最高権威だろう。
それに抗うどんな理屈もない。

「民衆の自由を取りあげてしまうことによって、自由な選択に付随する苦しみをもすべてわが身に引き受けた大審問官の苦悩」(「解説」下p.508)
「彼が民衆に代ってわが身に背負いこんだ重荷」(同)
などと受取ってやる必要はない。
悪に同情する必要はない。

結局人間には自由は重すぎた。
パンの方が切実だった。
すなわち人間は救われるに値しないのである。
かつて共産主義体制崩壊において、最も核心を突く分析をしたのは北野武である。
彼は、要は人間は共産主義が与えられるほど人間ができていない、人間には共産主義を与えられる資格はないのだと言った。
キリストも共産主義も、同じ理由から人類を救えないのだ。

「解説」で原卓也は
「ドストエフスキーがたえず批判しつづけたのは、宗教としてのカトリック教もさることながら、権力による人類の自由なき統一を主張するローマ・カトリックの教皇至上主義、教皇無誤謬主義のような、カトリック的思想であったのであり、ドストエフスキーはその中に社会主義をも含めて考えていた。彼は社会主義の中に、石をパンに変えようとする試みを感じとったのである。(略)ドストエフスキーは、石をパンに変えるだけの目的で人間を結合させようとすることに、自由の喪失を、終局の始まりを感じとった」(下p.508〜509)
と言っているが、これは原の主観だろう。
ドストエフスキーの社会主義に対する姿勢は逆だと論じる者もいる。
それになぜパンを与えたら自由が奪われるのか、飛躍している。

「大審問官」の前の「反逆」の章で、イワンは言う。
「かりにお前自身、究極においては人々を幸福にし、最後には人々に平和と安らぎを与える目的で、人類の運命という建物を作ると仮定してごらん、ただそのためにはどうしても必然的に、せいぜいたった一人かそこらのちっぽけな存在を、たとえば例の小さな拳で胸をたたいて泣いた子供を苦しめなければならない、そしてその子の償われぬ涙の上に建物の土台を据えねばならないとしたら、お前はそういう条件で建築家になることを承諾するだろうか」(上p.472)
アリョーシャもイワンも承諾しないのだが、子供が生き返るという条件ならば、承諾していいと思うのだが。

大審問官=イワンの無神論とゾシマ長老の素朴なる民衆への回帰の相剋こそドストエフスキーである。
では、結論は。
「ロシアの民衆は結局は、キリストのための全世界的結合によってのみ救われることを信じている。(略)ドストエフスキーのこの言葉から考えられるのは、各人の自己完成にもとづくキリスト教的社会主義による世界の統一ということであろう」(「解説」下p.511)
これが、ドストエフスキーの結論である。
ゾシマ長老に歩があるようである。

だが、「各人の自己完成」は可能なのか?
不可能だからこそ自由ではなくパンに走ったのだろう。
つまり、循環矛盾である。
すると真の結論は、
「この地上にはばかなことが、あまりにも必要なんだよ。ばかなことの上にこの世界は成り立っている」(イワン、上p.467〜468)
こっちの方にありはしないか。

ドストエフスキー作品というと主題は神の存否、罪、魂の救済と言われるが、私はそれよりも、
「放蕩に身を沈めて、堕落の中で魂を圧殺する」(アリョーシャ、上p.506)
という現代文学への通底に注目する。
『罪と罰』にも、
「理性をくらまし心を石にする淫蕩の只中へ身を投ずる」(ニp.315)
というのがある。
村上龍も柴田翔も桐野夏生もサガンもカミュもこれを主題としている。

さて、以下落穂拾い的に。

“神がかり行者”と“臭気”に、なにやら象徴的なものがありそうである。

ペレズヴォンと「二人の女が同時に」のグルーシェニカの登場シーンの描写が、リアリティがあり圧巻だった。

鋭い洞察2点。

@コーリャの教育批判。
「ああいう古典語なんて、(略)あれは警察の学生対策ですよ、もっぱらそのために設けられたんです(略)あれが必修になったのは、退屈だからです、才能を鈍らせるからですよ。退屈だったものを、もっと退屈にするにはどうすればいいか? ナンセンスだったものを、もっとナンセンスにするにはどうすればいいか? そこで古典語の授業を思いついたってわけです。(略)古典作家はすべてあらゆる国語に翻訳されてるでしょう、だとすればラテン語が必修になったのは、古典作家の研究のためなどじゃ全然なくて、もっぱら警察の学生対策と、才能を鈍らせるためじゃありませんか」(下p.80〜81)

A弁護人フェチュコーウィチの「父親」批判。
「そう、事実、ある種の父親は災難のようなものであります。(略)子供を作っただけではまだ父親でないことや、父親とは子供をもうけて、父たるにふさわしいことをした者であることを、率直に言おうではありませんか。(略)父とよぶに値せぬ父親の姿は、特に自分と同年輩の他の子供たちの立派な父親とくらべた場合、思わず青年にやりきれぬ疑問を吹きこむのです。『あの人はお前を生んだのだ、お前はあの人の血肉なのだ、だから愛さなければいけない(略)親父が俺を作っただけで、そのあとずっと愛してもくれなかったのに、なぜ俺が愛さなけりゃいけないんだろう? (略)お父さん、なぜ愛さなければいけないのか、証明してください』そして、もしその父親がちゃんと答え、証明することができるなら、(略)理性的、自覚的な、厳密に人道的な基礎の上に確立された、正常な真の家庭なのです。反対に、もし父親が証明できない場合には、その家庭はとたんにおしまいです。彼は父親ではなく、息子はそれ以後、自分の父親を赤の他人と、さらには敵とさえ見なす権利と自由を得るのです」(下p.437〜444)

笑い的にはここ。
「『どうしたい?』眼鏡の奥からこわい目で見つめて、グリゴーリイはたずねた。
『いえ、べつに。ただ、神さまが世界を創ったのは最初の日で、太陽や月や星は四日目なんでしょ。だったら、最初の日にはどこから光がさしたんですかね?』
グリゴーリイは呆然とした。少年は小ばかにしたように先生を眺めていた。その眼差しには何か不遜な色さえあった。グリゴーリイは我慢できずに、『ここからだ!』と叫ぶなり、生徒の頰をはげしく殴りつけた。少年は口答え一つせずに、頰びんたをこらえたが、また何日間か片隅にもぐりこんでしまった」(上p.235)

グリゴーリイはフョードルから見放された3兄弟を育ててやり3兄弟は大きな恩を覚えねばならないと思うのだが、ドミートリイからひどく殴られ、ついには血ダルマにされて哀れだった。

ちなみに『罪と罰』ではこのシーンが面白かった。
「そして急にかっとなると、夫の髪をひっつかんで、部屋の中へ引きずり込んだ。マルメラードフは、おとなしく彼女のあとから膝で這って、われから彼女の努力を助けた。
『わしにはこれが快楽です! 苦痛ではありません、か――いらくで――す、せ、せ、せんせい。』と、彼は髪を引きずられながら、一度はごつんと額までゆかへぶつけながら叫んだ」(一p.48)







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2016年07月02日

全共闘世代は現実社会にどう適応してきたか 〜全共闘白書編集委員会編『全共闘白書』〜

質問項目別データ集計を見て、いくつか思ったことがある。

好きな評論家の多分1位に、立花隆があがっていたのはなるほどな、と思った。
特段左翼びいきというわけでもないが(結果的にそうなった時もままある)、態度の公正さが買われたのだろう。
他には本多勝一がいたのはいかにもという感じで、全共闘世代というのは本多にとってかっこうの“お得意様”なのだなと思った。
あとあり得ることだとは思ったが佐高信がいたのは、あまり思慮の深くない連中に支持されたのだろうと思った。

嫌いな評論家で、下の方に渡部昇一がいたのは、いかにもというのを越えてなんだかパブロフの犬のような印象を受けた。
上位には、舛添要一、栗本慎一郎、西部邁らがあがっていた。

購読新聞で朝日が7割近くを占め断トツだったのは、なんやかやいっても「ブルジョア紙」の中から選ぶにはそれしかないのかと思った。
確かに市民運動の報道量に関しては群を抜いているとはいえる。

ちょっとした驚きだったのは、注目している雑誌の第1位が「週刊金曜日」だったこと。
しかしその割には、購読者数が目標である10万人の半数ほどに低迷している(※95年当時)のはなぜなのだろうか。
「金曜日」さえ見放してしまった人もいるのだろうか。
あらためていっておくが、私はとうに、同誌と訣別している。
あと、いかにもという感じの「噂の真相」も続いていた。

こうした「好きな○○」という統計を見ているとつくづく思うのだが、要するに選択肢がないのだ。
結果的によりマシなイカサマを選ぶしかない。
朝日しかり、「週刊金曜日」しかり、もっといえば立花隆しかり。
この「選択肢がない(ひいてはそれ1つしかない)」というのは、現代経済文明の最も有効な洗脳手法の1つである。
後に項を設けて詳述しよう。

念のためにいっておくが、私は「週刊金曜日」を全否定はしない。
現存する雑誌の中では最良であると思うし、是々非々の態度で接していく。
嫌悪している「週刊文春」にだって立花の寄稿があれば買うのだから、いい記事が載っていれば買うこともあろうし、もし唸るほどの金があるなら購読だってするかもしれない。

さて、最も意外だったのは、好きな政治家の3位に小沢一郎が入っていたことである。
これには首をひねる人も多かろうと思う。
嫌いな政治家の方でも断トツで1位にランクされていたのだからなおさらである。
だが私はこれで、かえって全共闘世代は健全なんだなと安心した。
さすがに、ただマスコミのいうなりに振り回されてはいないなと感心した。

小室直樹が
「安保闘争に参集した人は安保条約を読んでいなかった」
というのと同じように、小沢を危険だという人は例えば『日本改造計画』等彼の書いたものを詳細にみっちりと読んでいない人だと思う。
ただ佐高信などが
「小沢は日本のチャウシェスクだ」
などとアジる文章だけは読んでいるのだろう。
佐高に関しては、小室の『国民のための経済原論』を酷評した際に判明したように、ろくに当該の本さえ読まずにけなすのがお得意なようだから、その内容の低さは保証つきである。

また小沢といえば剛腕、独断専行、独裁者というレッテルが蔓延している現在の政治状況において、あえて「小沢を好き」というのは、ひとかたならぬ根拠があってのことである。
そんな“リスクの高い”ことをするのは、「誰かの小沢に対する悪評」ではなく「小沢自身の手になる彼の考え方の披瀝」にじかに目を通した経験があるからとしか考えられない。

私がこのような指摘ができるのは非常に珍しいことで、小沢に関してはたまたま「国際社会における日本の役割(案)」〈小沢調査会編〉を精読したことがあるからである。
「いわれているほど物騒な内容ではなく、むしろ穏健なくらいだ」
というのが、これを読んでの大まかな印象だった。

もちろん、私の小沢に対する最終的な評価はまだ留保してある。
ただ他の全ての政治家が相も変わらずこれからの政治ビジョンを示さない(示せない)中で、ひとり決然と旗幟を鮮明にしている姿は評価している。
旗幟の中身自体は別問題としてもだ。
また、これだけ批判が集中するのは、とりも直さず主張が解りやすいからで、ただもっともらしいだけのご高説をのたまわれるよりはマシである。
この辺の私の小沢に対する態度は、いくぶん筑紫哲也的に日和っている。

好きな政治家の中に、江田五月や岩垂寿喜男も顔を出していた。
今昔の感がある。
もちろん自社さ政権発足、新進党結成前の集計である。
この時両名をあげた人は、まさかこの後すぐ、江田が小沢らと結託し、岩垂がモザンビークPKOへの自衛隊派兵をもろ手をあげて推進するようになるとは、夢にも思わなかっただろう。

だいたいこの集計がとられた頃はまだ、江田はシリウスの幻想を振りまいていた。
マスコミはそれをことさら仰々しく扱っていたし、私もそれに巻き込まれていた。
以降、結局シリウスというのは鳴かず飛ばず。
マスコミの安直キャンペーンに振り回されると、だいたいこんなふうになる。

約半分が、自分の子を塾に通わせている。
ここにも“現実”がある。

自衛隊、日の丸・君が代、安保といった問題に対しては、頑なな態度を貫き通していた。
意外ともさもありなんとも思える。

ならば嫌いな国は断トツで日本が1位だろうと思えばそうでもない。3位くらい。
どうも掴み所がなくなってくる。

全共闘運動に参加したことは誇りであり後悔など微塵もせず、子供が学生運動をやりたいと言ったら好きにやらせるとくれば、志なまらずと思いたいのに、本当に革命が起こせると信じていたかと問われれば、いや信じてはいなかったというのである。鼻につく。

支持政党はないくせに、選挙の投票には必ず行く。
白票を投じに行くというのなら立派なのだが。

かように、全共闘世代の全体像は捉えづらい。

なお、よど号ハイジャックの小西隆祐が回答を寄せていた。
肩書には全くそのことが記されていなかったので、初め解らなかった。

一番見たかったのは現活動家の回答だが、見当たらなかった。
ま、上の例からすると「中核派活動家」などと明記してあるはずもない。
しかし立ち読みなどでなくじっくりと読めば、小西以外の現活動家の肉声はまだ見つかるかもしれない。
           (1995.8.18、24歳)
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