2014年07月23日

厚顔無恥な矛盾の書 〜林秀彦『日本人はこうして奴隷になった』〜

徹底的に現代日本を批判し、ついには読者に喧嘩を売る。
救いもない。もうダメだという結論である。
反論する者はいないだろう。
もう“手がつけられない”レベルだと判断して。

「日本人は奴隷である」を初めとする前半の所論は、私と軌を一にするところだった。
それで引き込まれたわけだ。

だが全体は破綻している。
「次に私が一見詩のような短い文節の文章でこの本を締めくくるのは、決して詩作を試みたのではなく、君たちを信じずバカにしている現われだと知っていただきたい」(P.335〜336)
「人間を信じる以外に人間に道はない。
当たり前の話だ」(P.345)
これだけで充分だろう。

「日本人に生まれたことは、呪われたのと同じことだ」(P.330)。
で、
「人類が滅びつつあるとき、日本民族がいかにすばらしかったか、
われわれしか人類を救えなかったのだ」(P.343)
とくる。

様々な哲学書からの引用があり、筆者が博覧強記なのは分かるし、それらの部分部分はためになる。
所詮そういうものしか本に求めてはいけない時代なのだろう。

あくまで己の思想を完成させる材料として読むべきだ。
頭の中で己の世界観の点と点が結び付いていく実感は得られた。

これほどボロカスにけなし「生きていけない」とする日本社会に、筆者はどうやって生きていっているのかと思わざるを得ないが、宜なるかな、筆者はバブルの頃日本を捨てて、18年間オーストラリアで暮らしてきた。
そして死を迎えるために日本に戻ってきたのである。

一体どんな立場からの批判なのか。
筆者は高名な脚本家らしく、加えて哲学の素養がある。
語学も堪能らしく、語源からの解説が多い。

だがとりあえず脚本家の現代社会論としては、随想的な中身を期待するものだ。
それは具体的でもある。
高齢者免許講習の話や入院時の尊大な院長の話、また定住先の大分での演劇指導の話などがそれにあたるのだが、そうしたお望みの場面は少なく、なんだか落ち着かないページが結構な分量続くのだ。
それが語源知識を披瀝しながらの哲学チックな、大学入試の現代文素材に近い部分なのだが、例えば免許講習の話と病院の話に「尊厳」ということの哲学的・言語学的な説明を絡めて延々とやるのだが、要するに
「高齢者免許講習と入院の際、私は人間の尊厳を踏みにじられた」
と言いたいのだろう?  という印象しか残らない。

「ドラマのラッパ」「人間尊厳のラッパ」の章ではこうしたタイクツな文章が続く。
「ドラマのラッパ」の章では筆者の本分の演劇論に力が入る。
演劇とは最高の芸術であり、演劇こそ人間そのものなのだそうである。

かつて矢口高雄の漫画で演劇を崇高に愛する先生が出てきた時に抱いた演劇への違和感は、しかし消えることはなかった。

変なもので評論にも流行り廃りがあり、ひところの「西洋礼賛、日本は遅れている」論の流行から環境問題の生起等を経て「いや日本の良さがありそれが世界を救うのだ」論へと移り変わったが、その伝でいくと筆者の主張は前者である。
でもそれなら西洋(その中心は人間学だが)はそんなに素晴らしくうまくいっているのか?  とツッコミを入れたくなる。
その伝で、
「日本語は非論理的」で
「日本人には創造力がなく模倣しかできない」、となる。
いずれも流行りの文明論では否定されていることである。
それはやっぱりそうなのか?

「インチキゲンチャー」や「限界の根底」という筆者独自のキーワードが出てくるが、「限界の根底」という言葉遣いはどうもピンとこない。

誰にも文章のクセというのはあるのだろう。
筆者の場合は「体言、」の用法が独特で読みにくい。

確かに哲学の素養は高いのだろう。
だが筆者はイルミナティの陰謀を信じている。
もしそれがと学会の言う通りトンデモ論だとしたら、高度な学識が途端に虚しくなってしまう。

個人的には「遺伝計量学」に関する記述が一番ショックだった。
バカの子はバカという……。




タグ:林秀彦
posted by nobody at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/402432236
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック