2014年07月24日

感受性に賭けるしかない 〜Think the Earth プロジェクト『百年の愚行』〜

もう、地球環境問題も賞味期限が切れかかってきた頃だ。
もちろん、問題は消えたわけではない。
さらに悪化している。
我々が飽きただけだ。
今でも毎年地球上からは北海道+四国+九州分の面積の熱帯林が消え続けている。
マダガスカル島ではかつて国土の8割あった森林が、今では2割となった。

色んな揶揄はあるだろう。
「光と陰の陰だけだ」
「もっと他にもあるだろう」

私にはこの100枚の写真の選択は、なかなか味があるように思えた。

アメリカのワシントン州では低レベル核廃棄物を詰めたドラム缶が無造作に土砂に打ち捨てられている。
1961年アメリカペンシルヴァニア州セントラリア付近の炭鉱で起こった地下火災は現在でも燃え続けている。

1935年頃アフリカで捕まえられ両手を広げて上に縛り上げられたゴリラの瞳は何を見つめているのか。

サンフランシスコの道路料金所は15レーンもあり、全て上から下まで渋滞。

ニューメキシコ州アラモゴルドで人類史上初めて核爆発する時、大気が爆発して地球が破滅する可能性があった。
科学者達はその確率を「100万分の3以下」と算出し、実験に踏み切った。

1984年インド・ボパールで起こった化学工場爆発事故。
最終的な死者数は16000人。
土から顔だけをのぞかせた乳幼児の瞳は、茶色く濁っている。

チェルノブイリで被曝した赤ちゃんの頭が、後ろに細く長く伸びている。
なんだかよく分からない。

1988年アフガンのジャララバードで弾帯を巻いて大の字になって水面に浮いている顔を潰された兵士は、子供なのではないか。

1989年アフガンのカブールの病院でベッドに横たわる地雷により両足を失った少女。
写真は一瞬だが、彼女はこのままこれからの人生を生きていかねばならないのだ。

20世紀に起こった戦争は1億以上の地雷を残し、年間10万個撤去されているが、このペースだと全て除去しきるのにあと1000年かかる。
撤去は手作業のため、年間60人が作業中に死傷している。
撒布の方はハイテク化が進み1分間に1000個撒けるようになった。

白人用と黒人用と分けられた洗面台(1950年アメリカ・ノースカロライナ州)。
アパルトヘイト反対集会に集まった黒人に発砲する白人警官
(76人死亡。1960年南アフリカ・シャープヴィル)。

ルーマニアでHIVの混入した血液を輸血され、HIV感染した4308人の幼児とエイズ発症した5179人の子供。
そのほとんどが孤児である(チャウシェスクが中絶を禁止したため)。

セントルイス号の俯く2人の少女(1939年ベルギー・アントワープ)
後に乗客(907人)のほとんどは収容所に送られた。
まことに写真でしか伝えられないのは表情である。

砂の上に顔を横に向けて横たわり、「死にかけている」ルワンダ難民の子供(1994年旧ザイール・ゴマ)。
ゴミの山の上で座って泣く子供(1996年フィリピン・ルパング・パンガコ)。

99枚目の写真には「死を待つ人々の家」が出てくる。
そう、マザー・テレサ。
救済の象徴、マザー・テレサ。
目の前の1人を救ったとしても、全体から見れば微々たるものでしかない。
しかし1人の人間にできることは目の前の1人を救うことだ。
私がボランティアというものに抱き続ける割りきれないもの。

この100枚の写真を見ると、社会とは何か、政治の目的とは何かという原初が浮かび上がる。
せめて政治家だけでも見てほしい。

全ての人々がこの本を読めば、確実に何かは変わるはずだ。
まだ人々にはこれらの写真から何事かを受けとる感受性が、残されているはずだ。

posted by nobody at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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