2016年04月30日

矛盾という名の愛 〜柴田翔『されど われらが日々――』〜

小説についてここに書く時は、小説としての仕立て・つくりの面と、主題・中身の面と2つの面からの批評を書くことになる。

まずは仕立て・つくりから。
初めによかった点をあげておくと、大江健三郎やコレットのような、いかにも「文学的」修辞とは無縁の文体であったことだ。
これでちゃんと芥川賞を受賞したのだから、まだ芥川賞にもまっとうさは残っているようである。

柴田翔は多作ではない。
その後の経歴は作家としてよりはドイツ文学者として生きた。
なんと彼は1969年、東大文学部助教授だったのだ。
全共闘運動は批判的に見ていたようだ。
やはり高橋和巳は偉かったことになる。

私はこれまで小説の陥りがちな一般的悪弊の1つとして、「冗長主義」と名づける傾向を批判してきた。
それの最もひどいのが松本清張であった。
今また、「逆説主義」と名づけるべき悪弊を見出してしまった。
逆説的表現こそ「文学的」で深遠でかっこいいとする考え方である。

初めて見出したのは小林秀雄「様々なる意匠」であった。
「劣悪を指嗾しない如何なる崇高な言葉もなく、崇高を指嗾しない如何なる劣悪な言葉もない」
「この無力にして全能なる地球」
「芸術が自然を模倣しない限り自然は芸術を模倣しない」

三島由紀夫「中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃」はこうだ。
「俺たちが不可能をもたぬということは可能をももたぬということである」
「海は限界なき有限だ」
「限界なきところに久遠はないのだ」
「なぜそれは崩壊の可能性にみちているのか。そして、なぜそれは久遠でありうるか」
「君たちは怯惰である。君たちを勇者という」

本書ではこんな感じだ。
「あの時ほど、野瀬さんが私に身近に思えたことはありませんでした。おそらく、あの時はじめて、私はあの人を恋人として愛することができたはずだったのでしょう。ただ、それでいながら、何故か、あの人への気持は急に醒めて行きました。それは悲しいことでした。それは、私のあの人への気持が、そういう質のものだったとしか、説明できないことでした」(p.166)
最後の1文などまさに、逆説万歳、矛盾万歳である。

「私が今あなたを離れて行くのは、他の何のためでもない、ただあなたと会うためなのです」(p.187)

一番ひどいのはこれだろう。
「私たちの息は次第に一つになり、あなたの嵐は私の中で波浪となり、私の中でうねり高まった潮はあなたの外に溢れ泡立ちました」(p.180)
完全に一体化してるよねえ。
「抱擁の間、私たちは一つの息をしながら、同時に、抱擁する前と同じだけ離れつづけてもいたのです」(同)
一体化していて、同時に離れていたと。なるほど。

かくの如き修辞に「高尚な文学性」を認める「文学のわかる」輩でも、「いやあ文学的ですなあ」以外に何か言えることがあるのだろうか。
形だけのごまかしであり、文学的実相の形骸化である。
眩惑に過ぎない。文学は眩惑であってはならない。
わからないくせにありがたがる付和者がいなくならない限り、真の文学は成らないだろう。

“愛し合いつつ別れる”でなくては文学(ドラマ)ではないという風潮がある。
素直に考えれば別れないんだから、どうしても無理を押すことになる。
本書の場合は無理押しの観がひどかった。
大橋文夫(主人公)が何をどうやろうとも、佐伯節子は予定調和的に離れていくといった感じだった。

文夫が自分の過去を全て曝け出して話したのは、節子との愛を本物にしようとしたからだった。
「あなたは誠実でした。あなたの前にいた私のほしかったのは、そんな誠実さより、たとえまやかしでもいいから、一歩私のほうへ歩みよってみようとするあなたの微笑だったのに」(pp.173-174)
と節子は言うが、これがそれではなくて何なのか。

もたらされたのは恐ろしい誤解だった。
節子はこう受け取った。
「それだのに、あなたは、ただひたすら、執拗に自分の過去の自己展開を見守りつづけるばかりで、それに新しい道筋をつけてみようとは、決してなさいませんでした。その時あなたがどうしても守ろうとなさっていたものは、私たち二人の明日の生活ではなく、何か全然別のものでした。あなたはその何か不毛なものに自分の全てをかけ、すぐそばで私が、あの子供の時と同じように、あなたがこちらを向いてくれるのをどんなに待っていたか、そのことは少しも判って下さろうとしなかったのでした。あの夜、私たちはただ別々の心を持って別れる他はありませんでした」(p.178)

白と言ったら黒と解釈されるのがありなのだから、処置なしであろう。
逆説主義という仕立て上の指摘は、このように主題とも関連してくる。
かくの如き絶対的すれ違いから別れるのだから、
「あなたは私の青春でした。どんなに苦しくとざされた日々であっても、あなたが私の青春でした」(P.187)
という総括は、美しい言葉ではあるが、相応しくないのではないか。
ただ美しい表現だという印象は残る。
しかしそれは先に批判した眩惑のようなものに堕してしまわないか。

次に主題・中身の面に入ろう。

主題は現代に生きる空虚さである。
村上春樹の主題がよく現代に生きる喪失感とされるが、その20年以上前にすでに同じ主題が表れていたのだ。
私も同じ主題を持ち合わせている。
「空虚の砂」をお読みいただきたい。

「自分の空虚さは一時的、状況的なものではなく、自分と空虚は同義であることを知った」(p.129)
これは文夫である。

「生きることの空しさ、それを知っても、知らないでも、その中で生きるしかない空しさが、和子の胸をついた」(p.135)
和子というのは大学時代の主任教授F先生と不倫しF教授を愛し続けながらも“ヴァジニティ”を重視する宮下(文夫の研究室の同僚)と見合い結婚していく女性だ。

本書の特質となるのは、その空虚感が、六全協と結びついていることである。
「従ってあの夏、党の無謬性が私たちの前で崩れて行った時、私たちの中で同時に崩れて行ったものは、党への信頼であるよりも先に、理性をあえて抑えても党の無謬性を信じようとした私たちの自我だったのです。
いえ、自我が崩れたと言っては、きれいごとに過ぎましょう。歴史の法則性とか、思考の階級性とかいう一見真実らしい粗雑な理論、というよりは、そうした理論の名を借りた大仰な理屈に脅かされて、眼の前に存在する事実を健全な悟性で判断することをやめてしまった私たちには、自我と呼ばれていいものがあったと言えるでしょうか。その時、私たちにつきつけられたのは、私たちには自我が不在であること、私たちは空虚さそのものであるということでした」(p.162-163)

突然高度な政治論を展開する節子に気圧されるのは別としても、この政治による救い(坂口安吾はそれを愚の骨頂と言った)=空虚さの救済=真の生の世界(解説者野崎守英の表現)の獲得というのは、本書の主題の堂奥のはずなのである。
もちろんそこを無骨に追求していくと芥川賞は取れぬので暗示に留めているが、そこは動かないはずである。
にも関わらず一般読者はこの堂奥に気づきさえせず、それどころか柴田が後に全共闘運動に対して前述のような態度をとったことを想起する時に、やはり「文学とは眩惑である」との観を深くせざるを得ない。

文夫と節子の付き合い、その心情描写はやけに淡々としていた。
「私たちは愛し合っていただろうか。それは判らない。恋人同士と呼ばれてよいような仕方では、愛し合っていなかったかもしれない。ただ私たちは、互に好感を持ち合っていたし、やって行けるだろうと考えていた。少なくとも、私は、自分たちの間柄について、そう考えていた」(p.14)

文夫による“将来設計”は以下のようだった。
「私たちは、これからもいとしみ合い、なごみ合って暮すだろう」(p.148)
「そうだ。思い出は、近い思い出も、遠い思い出も、みな私たちから離れて、死んで行くだろう。そして、残された私たちは、いとしみ合いながら、いつともなく老いて行き、やがて自らも死に果てるだろう。そして、私たちは幸福だろう」(p.149)

本書での「幸福」は、解説者野崎守英の言う「死物のように生きる」というニュアンスで用いられる(全てではないが)。
本書を重低音として流れる「幸福」の定義は以下のようになされる。
「いや、もっと正確に言うと、不幸が幾種類かあるんだね、きっと。そして、人間はそこから自分の身に合った不幸を選ばなければいけないのだよ。本当に身に合った不幸を選べば、それはあまりによく身によりそい、なれ親しんでくるので、しまいには、幸福と見分けがつかなくなるんだよ」(p.21)
本書での「幸福」は実存的な不幸なのだ。

ただ、文夫はそれを肯定的に使っている。諦めて言ってるのではない。
「それは、私自身思いがけない感情の嵐だった。私はその時はじめて、節子を心から大切に思った。今となっては、節子がどんなに自分にとって掛け替えのないものとなってしまっているかということが、堅い棒のように私の心を打った」(p.146-147)
しかし節子は「旅だって」(解説者野崎守英)いくのだ。

結局空虚さを突破する方法は、示されていない。

金言をひとつ。
「自殺する勇気がなければ、死ぬまでは生きていく他はない」(p.43)

野崎守英は批判も入れて解説を書いている。
珍しいケースで司馬遼太郎『峠』の解説以来だが、悪くはなかった。


ラベル:柴田翔
posted by nobody at 06:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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