2016年07月02日

全共闘世代は現実社会にどう適応してきたか 〜全共闘白書編集委員会編『全共闘白書』〜

質問項目別データ集計を見て、いくつか思ったことがある。

好きな評論家の多分1位に、立花隆があがっていたのはなるほどな、と思った。
特段左翼びいきというわけでもないが(結果的にそうなった時もままある)、態度の公正さが買われたのだろう。
他には本多勝一がいたのはいかにもという感じで、全共闘世代というのは本多にとってかっこうの“お得意様”なのだなと思った。
あとあり得ることだとは思ったが佐高信がいたのは、あまり思慮の深くない連中に支持されたのだろうと思った。

嫌いな評論家で、下の方に渡部昇一がいたのは、いかにもというのを越えてなんだかパブロフの犬のような印象を受けた。
上位には、舛添要一、栗本慎一郎、西部邁らがあがっていた。

購読新聞で朝日が7割近くを占め断トツだったのは、なんやかやいっても「ブルジョア紙」の中から選ぶにはそれしかないのかと思った。
確かに市民運動の報道量に関しては群を抜いているとはいえる。

ちょっとした驚きだったのは、注目している雑誌の第1位が「週刊金曜日」だったこと。
しかしその割には、購読者数が目標である10万人の半数ほどに低迷している(※95年当時)のはなぜなのだろうか。
「金曜日」さえ見放してしまった人もいるのだろうか。
あらためていっておくが、私はとうに、同誌と訣別している。
あと、いかにもという感じの「噂の真相」も続いていた。

こうした「好きな○○」という統計を見ているとつくづく思うのだが、要するに選択肢がないのだ。
結果的によりマシなイカサマを選ぶしかない。
朝日しかり、「週刊金曜日」しかり、もっといえば立花隆しかり。
この「選択肢がない(ひいてはそれ1つしかない)」というのは、現代経済文明の最も有効な洗脳手法の1つである。
後に項を設けて詳述しよう。

念のためにいっておくが、私は「週刊金曜日」を全否定はしない。
現存する雑誌の中では最良であると思うし、是々非々の態度で接していく。
嫌悪している「週刊文春」にだって立花の寄稿があれば買うのだから、いい記事が載っていれば買うこともあろうし、もし唸るほどの金があるなら購読だってするかもしれない。

さて、最も意外だったのは、好きな政治家の3位に小沢一郎が入っていたことである。
これには首をひねる人も多かろうと思う。
嫌いな政治家の方でも断トツで1位にランクされていたのだからなおさらである。
だが私はこれで、かえって全共闘世代は健全なんだなと安心した。
さすがに、ただマスコミのいうなりに振り回されてはいないなと感心した。

小室直樹が
「安保闘争に参集した人は安保条約を読んでいなかった」
というのと同じように、小沢を危険だという人は例えば『日本改造計画』等彼の書いたものを詳細にみっちりと読んでいない人だと思う。
ただ佐高信などが
「小沢は日本のチャウシェスクだ」
などとアジる文章だけは読んでいるのだろう。
佐高に関しては、小室の『国民のための経済原論』を酷評した際に判明したように、ろくに当該の本さえ読まずにけなすのがお得意なようだから、その内容の低さは保証つきである。

また小沢といえば剛腕、独断専行、独裁者というレッテルが蔓延している現在の政治状況において、あえて「小沢を好き」というのは、ひとかたならぬ根拠があってのことである。
そんな“リスクの高い”ことをするのは、「誰かの小沢に対する悪評」ではなく「小沢自身の手になる彼の考え方の披瀝」にじかに目を通した経験があるからとしか考えられない。

私がこのような指摘ができるのは非常に珍しいことで、小沢に関してはたまたま「国際社会における日本の役割(案)」〈小沢調査会編〉を精読したことがあるからである。
「いわれているほど物騒な内容ではなく、むしろ穏健なくらいだ」
というのが、これを読んでの大まかな印象だった。

もちろん、私の小沢に対する最終的な評価はまだ留保してある。
ただ他の全ての政治家が相も変わらずこれからの政治ビジョンを示さない(示せない)中で、ひとり決然と旗幟を鮮明にしている姿は評価している。
旗幟の中身自体は別問題としてもだ。
また、これだけ批判が集中するのは、とりも直さず主張が解りやすいからで、ただもっともらしいだけのご高説をのたまわれるよりはマシである。
この辺の私の小沢に対する態度は、いくぶん筑紫哲也的に日和っている。

好きな政治家の中に、江田五月や岩垂寿喜男も顔を出していた。
今昔の感がある。
もちろん自社さ政権発足、新進党結成前の集計である。
この時両名をあげた人は、まさかこの後すぐ、江田が小沢らと結託し、岩垂がモザンビークPKOへの自衛隊派兵をもろ手をあげて推進するようになるとは、夢にも思わなかっただろう。

だいたいこの集計がとられた頃はまだ、江田はシリウスの幻想を振りまいていた。
マスコミはそれをことさら仰々しく扱っていたし、私もそれに巻き込まれていた。
以降、結局シリウスというのは鳴かず飛ばず。
マスコミの安直キャンペーンに振り回されると、だいたいこんなふうになる。

約半分が、自分の子を塾に通わせている。
ここにも“現実”がある。

自衛隊、日の丸・君が代、安保といった問題に対しては、頑なな態度を貫き通していた。
意外ともさもありなんとも思える。

ならば嫌いな国は断トツで日本が1位だろうと思えばそうでもない。3位くらい。
どうも掴み所がなくなってくる。

全共闘運動に参加したことは誇りであり後悔など微塵もせず、子供が学生運動をやりたいと言ったら好きにやらせるとくれば、志なまらずと思いたいのに、本当に革命が起こせると信じていたかと問われれば、いや信じてはいなかったというのである。鼻につく。

支持政党はないくせに、選挙の投票には必ず行く。
白票を投じに行くというのなら立派なのだが。

かように、全共闘世代の全体像は捉えづらい。

なお、よど号ハイジャックの小西隆祐が回答を寄せていた。
肩書には全くそのことが記されていなかったので、初め解らなかった。

一番見たかったのは現活動家の回答だが、見当たらなかった。
ま、上の例からすると「中核派活動家」などと明記してあるはずもない。
しかし立ち読みなどでなくじっくりと読めば、小西以外の現活動家の肉声はまだ見つかるかもしれない。
           (1995.8.18、24歳)
posted by nobody at 06:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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